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「新卒者の内定を取り消さざるを得ない」 【企業法務】

弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。catface

先日の中国新聞紙上に,日本郵便が新卒者の採用を中止するという記事が載っていました。
近年の経営環境の悪化によって,新卒採用を見合わせる企業が増えてきていますが,学生には気の毒なことです。士気の低下や社員構成がいびつになるなど,ゴーイング・コンサーンとしての企業自身にもいい影響はありません。

新卒採用を見合せる会社が増えているとともに,経営状況の悪化により採用内定を取り消す会社のことも毎年のようにニュース出てくるようになりました。

そこで,今回は,採用内定の取り消しのお話をしようと思います。

◆ 採用内定とは?
採用内定とは,企業が新規学卒者を採用する場合、在学中に選考を行い合格通知を出した上で、翌春の卒業を待って入社させる採用方法です。

現在では,採用内定段階で一定の労働契約が成立するとされています。契約が成立していないと考えてしまうと,就職活動をすでに止めて入社日を心待ち にしている学生の保護が図られないからです。(なお,口頭の内々定段階ではまだ1社に絞っておらず契約が成立したとは認められがたいです。)

入社は翌春であるから契約には「始期」がついており,また採用内定期間中は企業に特別の「解約権」が「留保」されていると考えられているため,結局,「解約権留保付始期付労働契約」が成立するとされています。

◆ 採用内定取消とは?
採用内定によって上記のような労働契約が成立するため,その取り消しは,「解雇」の性質をもちます。したがって,合理的理由・社会相当性がない取消は,解雇権の濫用として無効になります。

そして,内定において解約権が留保されている趣旨は、採用内定段階では十分知りえなかったことにつき必要な補充調査を行うため、最終的な決定を留保する点にあるとされます。

したがって、内定取消は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由とした採用内定の取消しが、解 約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的理由が存し社会通念上相当と是認されるものに限り,許されることになります(大日本印刷事件判決)。

具体的には,長期療養を必要とする病気の罹患が判明した,犯罪で訴追され入社日以降通常通り勤務できない,経歴書・身上書への虚偽記載が見つかった,卒業延期(不能)が判明した,などです。

◆ 経営状態が悪化したために採用内定を取り消すことが認められるか?
経営の危機も,客観的に合理的理由が存し社会通念上相当と是認される限りで,採用内定取消の理由になります。

経営状態の急激な悪化状況,採用過程の事情,内定取消を回避する経営努力状況など,具体的な事情に基づいて判断されます。

実際の例では,訴訟までもつれることは少なく,一定の謝罪金などを交付して学生側に誠意を見せることが多いと思います。

◆ 採用内定取消のペナルティ
新規学卒者に対する採用内定取消は,あらかじめ公共職業安定所長と学校長に対し,通知をしなければならないことになっています。

そして,一定の場合には,企業名等が厚生労働省のサイトなどに公表されますし,ハローワークから管轄地域の学校に情報が提供されます。

やはり,企業にとって一番大きい損失は,企業イメージの悪化や信用失墜でしょう。取り戻すのに何年かかるかわかりません。採用内定取消の目的である経営改善どころではなくなるかもしれません。

◆ 自宅待機
採用内定を取り消すのは忍びない,しかしラインが1つ停止しており,今来てもらっても仕事がない。

そのような場合には,自宅待機の方法をとることがあるでしょう。

自宅待機には,従業員との合意による場合と一方的な自宅待機命令の場合とがあります。前者では合意による手当,後者の場合には休業手当相当の手当を支払う必要があるでしょう。

どの方法であっても,あらかじめ公共職業安定所長や学校長への通知が必要となります。

◆ 最後に
採用内定取消や自宅待機は,それがやむを得ない事情による場合であっても,新規学卒者にとっては大きな損失を与えることになります。また,企業イメージや信用も大きく傷つくことになります。誰も得をしません。

新規採用は計画的に行う,雇った以上は不義理をしない,というのが企業側に必要な心構えでしょう。かといって,採用に慎重になりすぎるのは,企業の活性化を阻害し本末転倒ですが・・・。

 


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