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「自分の物を自分で時効取得するって?」【身近な法律知識7】

弁護士(広島弁護士会所属)の仲田誠一です。catface


みなさんは物をとっておく性格でしょうか?

私は,すぐに物を捨ててしまいます。昔の物はあまり持っていません。
駄菓子屋でこつこつ買って集めていたウルトラマンの消しゴムやカードなど,懐かしいなと思いつつインターネットオークションを覗いてみると,結構高く取引されているようですね。

ところで,法律的な争いはいつ起きるかわかりません。昔のことが今になって蒸し返されて争いになることは稀ではありません。
みなさん,昔の契約書や領収書など重要な書類や,古い通帳は保存していますか?

会社や事業主であれば,書類保存義務や帳簿保存義務を意識されて,重要な書類は5年から10年ほど保存しているでしょう。それでも20年以上も前の書類はどうでしょう?


◆ 古い証拠は残っていないことが多い,それが時効制度の存在理由の1つです

裁判になると,相手方が争う事実が真実だと裁判所に認めてもらうためには,証拠を出すことが必要です。証拠がなければ,真実を主張しているのに,裁判所には認められず,裁判に負けてしまうことがあるのです。

では,万が一裁判で争われることを考えると重要書類など証拠となる物は永久に保存しなければならないじゃないか!きりがないじゃないか!と思われるでしょう。

古い事実に関する証拠は散逸してしまうことが多いから立証が難しい。それが,時効制度の存在理由の1つです。時効制度があれば,証拠がなくても,時効で消滅した(「消滅時効」),時効で取得した(「取得時効」)と言えば済むわけです。

債権の「消滅時効」については以前に触れました。債権は一定期間それを行使しないと時効によって消滅する,その効果を得るためには時効の援用をしないといけない,時効完成後にそれを知らずに債務の承認をすると時効の援用ができなくなる,などのお話をしました。

今回は,自分の物だと一定期間の占有を続ければ,時効によって権利を取得する「取得時効」に絡むお話です。


◆ 自分の物を時効で取得する?

矛盾していると思いませんか?

既に自分の所有物であれば,理論7上,その後に時効により取得することはおかしいと思いますよね。「取得時効」を定める民法162条にも,時効取得の対象が「他人の物」と書かれています。

たとえば,あなたが30年前に土地を貰って,その後,家を建てて住んでいる。登記は前の所有者のままにしていた。しかし,突然,自分があなたの土地の所有者だという人が出てきて,あなたが立ち退くよう要求してきた。とします。

法律的に突き詰めるとややこしい話なのですが,少なくとも,あなたは相手方に対してその土地があなたのものだと主張しないといけないわけです。

でも,土地を貰ったのは昔のことで,書類が見当たらない。事情を知っている人も他界されている。としましょう。

困りますね。土地があなたのもの(貰ったもの)と立証できる証拠がなければ,不法占拠者扱いされてしまいます。

時効取得を主張できればどうでしょう。

自分が家をいついつ建てた,そして今もその家に住んでいる,ということを立証すればいいだけです。簡単ですね。

このように,所有権の取得時期が古い話で証拠がないケースでは,自分の物であっても時効取得の主張ができれば立証が楽になるのです。

そこで,判例も,自己の所有物の時効取得の主張も許されるとしています。判例の事案は少し特殊なので,紹介はしませんが,理屈はこうです。

時効制度は,永続する事実状態を尊重する趣旨である。所有権に基づいて占有をする者についても,所有権取得の立証が困難な場合など取得時効による権 利取得を主張できると考えるのが,その時効の趣旨に合致する。民法162条の「他人の物」という文言は,通常の場合を規定しただけに過ぎず,自己の物の時 効取得を否定するものではない。

実際に自己の物の取得時効を取得することは珍しくないです。

買った,貰った,相続した,という話でも,証拠が乏しいあるいはない場合には,裁判をする際に,売買・贈与・相続により所有権を取得したという主張とあわせて,それが立証できなくても時効取得によって所有権を取得したとの主張もする,とします。


◆ 最後に

今回は,「自己の所有物の時効取得」の主張という,一見して矛盾したような話をさせていただきました。

結論は,自己の物だとの立証が困難な場合には,自分の物でも時効取得を主張してもよいということです。

時効制度は卑怯だと感じる方もいらっしゃると思います。時効によって他人のものを自分のものにしたり,時効によって他人から借りた借金を返さないのは,一面で正義に反しそうです。

時効の制度の存在理由としては,①永続した事実状態の尊重,②権利の上に眠るものは保護しない,③過去の事実の立証困難の救済,の3つが言われています。

今回のお話で,③の話はわかっていただけたかなと思います。
時効制度は,立証が困難な古い話が争われたときにそれを救済する存在意義もあるのです。

時効に絡むお話は無数にあります。機会を見つけて,お話させていただきます。


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